2007/04/26
不動産+IT
“落ちこぼれ”だから気付けた、みんなに役立つIT利用
過去3回にわたって紹介した、元ゲームクリエイターの清水正治社長率いるミオソフト。画期的な不動産業務支援ソフト「mioCube」を開発し、これが関西では約3分の2のシェアを誇る。高卒後、すぐに名作パズルゲーム「倉庫番」のバージョンアップにも携わった、プログラムの達人の清水さん。その経験に裏打ちされたのが、これまでそのすばらしさを紹介してきたmioCubeである。
だが、「ローマは1日にしてならず」。ゲームソフトメーカーをやめて次に移ったビジネスソフトメーカーで、清水さんは住宅情報誌向けシステムを担当。当時はスキャンするのが一般的だった間取図を描けるソフトを開発。その販売を考えたが単体では売りにくいので、不動産業者向けにチラシ作成と地図作図ソフトを新たに開発し、それらを1995年頃にパッケージで発売。これがmioCubeの雛形となった。
同ソフトは1300社ほどが導入するというかなりのヒットになったが、当時はまだインターネットも存在せず、複数の端末で店舗スタッフ全員が使えるようなツールがまるでない。現在の形のmioCubeを実現させるには至らず、その理想を抱え込みつつ、清水さんは雌伏の時を迎えた。
「システムは継続するし、途中で辞めるのはあまり好きじゃない」と清水さん。独立が脳裏にちらつく一方、営業責任を負う社長にはなりたくない、表に出ないナンバー2でいたい、という気持ちが強かった。しかし、作りたいソフトは作らせてもらえないジレンマに、次第に理想と現実のギャップは開き、「躁鬱みたいな状態」まで陥った。そこで清水さんは思い立った。
「元々、なにをやってもアウトローだったんだ……」
父は神戸大工学部卒で、さる電機メーカーの技術部門のトップまでいった設計技師。親戚の多くが一流大の理系から大手企業の要職に就いていた。エリート一家の育ちである。自身も灘中を目指し学習塾にも早くから通わされた。その一方で、書道を習った塾の塾長がパソコンマニアで、幼い清水さんは「見込まれて」しまう。ゲームで遊ぶのを餌に、基盤剥き出しのボードPCを製作し、プログラム言語BASICを覚えた。「自分で考え、作れる」感動に勉強もそっちのけでのめり込んだ。
「だから正直、学歴コンプレックスもあります。屈折していた時期が長く、20代後半までは精神年齢も低かったようにも思う。ただ、プログラムで評価される喜びが自信に繋がり、いい意味で、つねに飢えている状態が保てるようになった」
目に見えるレールを進む仕事ではないが、いわば「アーティスト」として認められた自分を客観視し、ついには誰にも「責任を転嫁できない」立場を目指した清水さん。既成の学校の外に求めた学びの場は、彼を結果として逞しく育てたのだ。
今、ミオソフトは創業5年目を迎え、強力なライバル会社がシェアを席巻する関東に乗り込んできたところだ。まだ社員も13名という小規模だが、大手不動産会社との提携を視野に、いっそうの拡大を目論んでいる。いずれ、その成果を続報としてお届けすることもできるだろう。
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