2007/03/21
評価の春
その一「回覧文書はA3大の紙」

「毎年恒例の、棚卸しシーズンがやってきました」
課内の回覧文書に、そんな書き出しの紙が入っていました。その紙にはクリップでA3大の用紙が留められており、そちらには大小さまざま四角い枠が紙一面にびっしりと書かれています。四角には「今期したこと」「来期の目標」などさまざまなタイトルがつけられており、その中はすべて空欄のまま。
自己評価シート…という奴でした。
「添付の自己評価シートを各自一部ずつコピーして、それに内容を記載のうえ、上長に提出してください」
回覧文書にはそうあります。
つまりはこれを書けと。
昨期の振り返りと、今期の努力目標。それらをしたためたうえで、各自上司と面談して、新しい期にそなえるわけですね。春になり、新しい期を迎える際の、どの会社にもよくあるような恒例行事でありました。
「しかしウチの会社って、なんでいまだにこーいうのアナログなんでしょうか」
ボクの名前は志須山丹悟(シスヤマタンゴ)。しがない中小企業でシステム担当を押しつけられて、日々「勘弁してよ~」とか泣き濡れながらあくせくと働いてます。
記入用紙があるなら、それをメールで送ればいいはずじゃないですか。それならこっちもわざわざ手書きなんかではなく、普段と同じくワープロ打ちでホイホイ書けるし、推敲もできて助かるんです。
なのに、なんでわざわざ回覧文書に入れて、みんなでそれぞれコピーせにゃいかんのか。
昔から少々不思議なことではありましたけども、シス担という役割を押しつけられて以降、よけいにそんなことを思う今日この頃なボクなのでした。
「それはな、大昔に庶務の人がRupoっていうワープロ機で作った紙がベースになっててな。誰もそれをコンバートしないまま、延々と紙だけが受け継がれてきてるんだよ」
「だからほら、A3に無理やり拡大コピーしてたりするんで、ちょっと斜めってたり、線が荒かったりしてるだろ」
ブツブツとつぶやくボクのもとへ先パイがやってきたかと思うと、そんなことを耳打ちして去っていきました。
確かに用紙を見てみれば、A4を拡大コピーしたらしき画像のアラが見てとれます。
元々の用紙からして、すでにそこまでアナログなわけですか。
あらためて、日々感じていることの元凶がかいま見えたような気がしました。
え? なんのですって?
そりゃもちろん、この会社でシス担を押しつけられて泣いている、そんなボクの現状が「なぜそうなのか」ということについてです。
2007/03/28
評価の春
その二「ボクが昨期にやったこと」

自己評価シートをじっと眺めながら昨期の自分を振り返ってみると、我ながら「がんばったよね、ボク」と自分をほめてやりたい気持ちがわいてきます。
昨期のボクには、なぜか取引先を飛び回らなきゃいけない仕事が目白押しでした。あっちだ~こっちだ~と飛び回るの自体は嫌いじゃないし、お客さんと話したりするのも好きな方です。
でもね、前までのボクならいつもそこから「直帰します」で家に帰れていたのです。
日中あちこち飛び回って、ちょっと日が落ちてきた夕方頃に「直帰します」と電話を入れて、コンビニでビールなんかを買い込みながら帰路につく。んでもって、家についたらゲームなんかをしながらグビグビと。
飛び回った後はきまって「今日は働いたなぁ」という気分になるだけに、このビールがこれまたうまい。至福のとき…という奴でした。
ところが「シス担やれ」とされて以来、それができなくなりました。
「直帰します」って電話入れたら、「なんか印刷できないとか言ってるから、帰ってきてチェックしろ」とか、「ネットにつながらんとか言ってる奴がいるから、帰ってきて設定見直してやれ」とか、とにかく「ダメ」の一点張りでまっすぐ帰れた試しがないのです。
それで社に戻ってみたら、プリンタには紙が詰まってるだけだったり、ネットにつながらんとか言ってる人はすでに帰宅した後で脱力ものだったりするわけですよ。
「やっぱり、がんばったよなぁボク」
わからないなりに「引き受けたからには、がんばろう」と勉強もいっぱいしました。その甲斐あって、年初にくらべれば昨期はかなり貢献できているはずです。
そこの成長に関しては、ボク、ちょっと誇らしかったりもするんですよね、ふふん。
でも、まだまだだなと思うのも正直なところ。
「来期の目標は…と」
来期の目標には、シス担としてさらなる成長を遂げること…と書きました。
今期の自分に関しても、わからないなりにシス担業務をがんばった自分のことを、いっぱいいっぱい書きました。
どちらも、異存はないはずです。
だってボクのタイムカードが、それを如実にあらわしているのですから。
2007/04/04
評価の春
その三「いざ面談へ」

自己評価シートを提出した数週間後、課長と面談する順番が回ってきました。
「おーい」と呼ばれて会議室に入ると、珍しく神妙なおももちの課長が鎮座しています。
思わずこちらも調子をあわせて「よろしくお願いします」なんて一礼なんかしちゃったりして。毎年恒例の、不思議なお約束です。
ところでこの面談なのですが、なぜか課長とうまく話が噛み合いません。こちらは一生懸命「誰それのサポートをやって、えらく感謝された」とか、「以前わからなかったナニナニが、今じゃ自力でメンテできるようになった」とか、そういう自己アピールを試みているのですが、「む、そうか」とあいまいにうなずくばかりで、なんだか暖簾に腕押し状態なのです。
「それはまぁ置いといてだな、昨期ってどのへんのお客さん担当してたんだっけかお前」
「え、ああそれはアレさんとソレさんとナニさんのとこですけども」
「あ? そんだけか? 残業が多いから、もっといろんなとこ見てたんだと思ってたぞ」
「いや、それはだってシス担業務に夕方以降食われてる分が多いですから」
「あぁ?」
おかしい。
自分的に高評価のはずのシス担業務が、なぜかやたらとスルーされてる気がするのです。
だから話が今ひとつ噛み合ってない。そんな気がします。
なんで?
「ねぇ課長」
「あん?」
「なんか、シス担業務のことスルーしてないですか?」
「は? なに? スルー?」
「はい」
「いや、スルー…というかだな」
そう言いながら課長はボリボリと頭を掻き始めました。困ったなコイツはと思っているのが、その表情からアリアリとわかります。
でも、なんでそんなふうに思われるのかは、まったくもってわかりません。
「だってお前、あれはボランティアみたいなもんだろ? 有志たちによる互助努力つか、そーいうのだろ?」
「…………」
「は?」
えと、一瞬耳を疑いました。
2007/04/11
評価の春
その四「労多くして功…少なし」

「書くな…とは言わんがな」
あまりの衝撃で頭が真っ白になってるボクに向かって、課長はさらに続けました。
「かといって、そればっかり評価シートに書かれたって困るんだわ。本スジの業務についてきっちり書いてくれんとな。そりゃ、一切書くなとは言わんが、こーいうとこに書くこっちゃねぇぞ本来わな」
その後も、「こーいうのは心証面でプラスになるもんであって、評価どーこーでうんぬんかんぬん」とか、「なんだほら、縁の下の力持ちってのはそういうもんだろうんたらかんたら」とか、なにかいろいろ言っていたようですが、ほとんど頭に残ってません。
そうして最後に課長はこう言ったのでした。
「ふん、つまりあれだな。お前、昨期は仕事としては今ひとつはっきりと目立つ成果はないってこったな」
「今期はもうちょっとがんばらにゃいかんぞお前、がっはっはっ」
それを聞くボクの側といえば、金魚のように口がパクパクするばかりで、意味のある言葉にはなりません。
あまりにあまりすぎて、どこから言葉を継いでいいものやら思考が追いついてくれないのです。
「じゃ、もういいぞ」
そう促されて席を立ち、ボクは会議室を後にしました。
頭の中は相変わらずパニくっていて、最後会議室を出るときに、なんと声をかけられたのかも覚えてません。
席に戻ると、「どうでしたどうでした?」と後ハイが楽しそうに近寄ってきました。なにげに先パイも「どうだった?」と言いたげな顔で、その後ろに控えていたり。
「ま、まぁボチボチです」
顔のひきつりを極力抑えて、ボクはそんなふうに言いました。
「そうですか~! ボクもボチボチだったんですよ! この間A社でやったプレゼンがかなり高評価だったみたいでですね~」
「オレもボチボチだったかな。C社に提案したサポート構成の案件がけっこう評判よくてね~」
ああ、そういやプレゼンの練習とかいって、機材一式を会議室に設置させられたりとか、サポート構成に対する質問の回答を、なぜか徹夜でドキュメント化させられたりとかもあったなぁ。
「いや、みんなボチボチでよかったね!」「な!」
「…ってあれ、どうしたんですか先パイ?」
その日の夜。ボクは2人に焼き肉をおごってもらいました。
少しだけ、「功」の部分で報われたような気がする。そんなそんな夜でした。
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